生きる楽しみを見つける -休養中-

広汎性発達障害、または自閉症スペクトラムやADHDを患っています。Twitter@amaiwatako

発達障害の受容とこれから

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発達障害の受容には様々な段階があると言われていますが、ここではその例を一つ紹介します。

 

  1. とまどい、否定
  2. 混乱、怒り、拒絶
  3. 割り切りまたはあきらめ
  4. 受容

 

私は今、3か4の段階にいます。今いる居場所である職場が私にあっているからです。発達障害だからといって、やけになったり絶望することはなくなりました。

この4段階というのは、個人的見解ですが、環境や時期によっていったりきたりするものだと思います。

 

前進できたと思ったのに、また後退してしまった。そんなこともあると思います。それでも、長い目で見れば前進しています。

 

 

他人事に感じた最初の診断

私が発達障害と診断されたのは、高校生の頃でした。

当時、発達障害と診断されても他人事のようにしか思えませんでした。

そういえばそういう人たちがいるって聞いたことあるな、と。

 当時の主治医は発達障害であるという言い方はせず、「あなたは発達に凸凹があるんですよ」と、マイルドな告知の仕方をしました。

そのため、最初私には発達障害という認識があまりなかったし、あってもどこか他人事のように感じていました。

 

 

発達障害に対する嫌悪感

当時のことはよく覚えていないのですが、私は発達障害になる前から、発達障害に嫌悪感を抱いていたように思います。(もしくはなった後だったかもしれない)

 

私の母親は、アスペルガー症候群らしいです。母は診断されたあと、何かできない理由をすべて発達障害のせいにしました。なにかがあると、決まって「私はアスペルガーだから」というのが口癖でした。

 

私には、アスペルガーだから許してね、と努力を怠っているように聞こえました。

 

そういうのにうんざりした私は、発達障害が苦手になりました。発達障害ってみんなこうなのか、という今思えば偏見にもつながりました。

 

なので、自分が発達障害だと言われても、どこか他人事のようでした。

私は、発達障害とは違う、ともすれば、それを免罪符にする母とは違うという拒絶だったのかもしれません。

 

 

二次障害に苦しめられた高校生活

高校生の頃は、私は発達障害とは違うと思いながらも、二次障害に苦しめられました。

失声症にトゥーレット症候群、神経性頻尿、過敏性腸症候群パニック発作などなど、受験期には1年でたくさん病気になりました。それでも、自分は精神は弱いけど、発達障害は軽いほうだ、位に考えていました。

 

 

苦手部分が分かった大学生活

大学生の中盤になると、二次障害もあるし、人と関わったり、久々にひきこもらない大学生活をしたことによって、できないこと苦手なことが増えてきました。

そのため、私は発達障害なんだ、と思わざるを得ませんでした。それでもまだ希望は捨てていませんでした。

 

そんな時…大学生になり、教育実習が有りました。この教育実習が私の人生を大きく変えました。

 

教育実習のように緊張している場面では、発達障害は強く出ました。それとも、今までバイトも何もしてなかったので、日常生活や学校生活はできるけど、社会人になることは経験がなく、難しかったのかもしれません。

 

  • 指示の意味が何度聞いてもわからない
  • 言われたことを忠実に守りすぎて、臨機応変にできない
  • 息抜きができない、暇さえあれば動き過ぎる
  • 忘れ物が多い
  • うっかりミスが多い
  • 作業が雑。頑張っても丁寧に出来ない。
  • 人の目を気にしすぎる(ビクビクしすぎて常に涙が溢れそう)

 

他にも有りましたが、主にはこんな感じ。

今まで気にもしてなかったことが教育実習で噴き出しました。

社会の厳しさを知りました。先生全員に、私は先生に向いていると言ってもらえました。

でもその外面の私は、相当の努力がないと作れないもので、4週間だったから全力でがんばれたのです。それを一生やれといわれたら、壊れてしまいます。

 

現に後から、私が常に動いていたので、あの働き方じゃ潰れるよと園長先生に言われてしまいました。

 

どこまで頑張ればいいのかわからず、頑張ることはいいことだと信じて、毎日を全力で生きてしまう。(仕事に関して)それが私の特徴なのかな、と感じました。手を抜くことがわからないのです。

 

とても辛い4週間の教育実習。

発達障害の私には、先生をすることは無理だと悟りました。この調子じゃこどもの安全を守れないし、たとえ2年ほど頑張って働けてもその後は燃え尽きて働けなくなりそうだ、というビジョンまで見えました。

相談した人には、全員が「発達障害なら先生はやめろ」という意見でした。やっぱり、子供が第一な職業。ミスが多かったり、不注意が多ければやっていけません。先生という職業は忙しすぎて、体力もいるので、その面でも諦めました。

 

当時は発達障害が理由で先生になれないのが辛くて辛くてなにもしてないのに、外で涙が急に溢れてくることもありました。

今、発達障害の症状が気にならない環境で働いているので、発達障害は関係ないのかもしれない、ここでは頑張り方次第なのかも…と思えてきています。それでも先生に関しては、トラウマが蘇り、今の私にはできないです。

 

受容できてる?

今の希望は、社会生活は始まったばかり。

学校生活は、6年かけて、ようやく人並に過ごせるようになりました。

なので、社会生活もそのくらい、それ以上かかるかもしれませんが、改善する余地はあります。

 

と、思えているのが、受容かなと感じます。

 

 

 

当時の反省はどこか?

今できることとして、当時の反省があります。

こういう反省を次につなげる作業を怠っては、前に進めません。

まずは、ネットなどを調べずに自分で考えてみることとします。

 

指示の意味が何度聞いてもわからない

→場数を増やす。それまで我慢。指示のどんな種類がわかりにくいのか、メモをとって分析。曖昧な指示(適当にしといてとか)がわかりにくいのか。専門的な言葉の意味がわからないのか。

 
言われたことを忠実に守りすぎて、臨機応変にできない

→一度立ち止まって、本当に合ってるかを自分で考える。人がどうやって動いているかを見て、一回目はできなくても二回目にできれば良い。今私にできることがないかを考える。


息抜きができない、暇さえあれば動き過ぎる

→マッサージに行くなど、無理やり休む時間をプライベートにつくる。職場では、どれをどのスピードでやれば疲れてしまうのかを分析。数で判断できるようにする。飛ばし過ぎない。


忘れ物が多い

→前の日にリストを使って確認。前の日にできなければ次の日の朝。忘れた物リストをつくることで効率的に。やることを忘れてしまう場合は、きちんとメモにとって見える位置においておく。

 

うっかりミスが多い

→ミスの分析。ミスしたリストをつくる。


作業が雑。頑張っても丁寧に出来ない

→集中力があるときに作業する。他の人にコツを聞く。ゆっくりゆっくり早く終わらせようとしない。


人の目を気にしすぎる(ビクビクしすぎて常に涙が溢れそう)

→失敗しても大丈夫的なことを強く思う。失敗から学ぶ。

 

 

こんな感じですかね!知り合いの反省とか見てるとこんなんじゃ全然ダメなんですけどね。でも経験がないので、頭が働かないです。