生きる楽しみを見つける -休養中-

広汎性発達障害、または自閉症スペクトラムやADHDを患っています。Twitter@amaiwatako

地獄だった通信制高校の人間関係

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私は通信制高校に通っていました。

今現在通信制高校に通っている人には申し訳ないのですが、当時私は通信制高校がとても地獄のように思えていました。

高校自体の雰囲気にもよりますし、全日制だったら地獄じゃないかと言われるとそうでもないと思います。だからこそ、高校の時の救いは大学受験でした。大学に行ったらきっとこの状況から抜け出せると思っていて、実際それは私のケースではあたっていました。

 

 

何が地獄だったのか

一言で言うと人間関係ですね。

これがない通信制高校なら地獄どころか天国だと思います。

 

通信制高校にはいろいろな生徒がいます。個性的な子が多いです。みんな何かしら抱えています。というか、全日制に行けなくなった子が集まる場所なので、何か普通と違うところが見られることが少なくありません。

 

ヤンキーもいれば、コミュニケーションのとり方がちょっと独特な子もいます。もちろん普通に見える子もいますが少ないです。

(正直、支援者になってからはそういうモノのみかたは全くしなくなりましたが、当時は結構違いを感じていました。)

 

私はその人たちに話を合わせたり、毎日一緒に行動するのがとても苦痛でした。

 

 

ヤンキーの場合…タバコを吸いにつきあわされ授業をサボることで先生に怒られるわ、探検しようぜとばかりに、近くのマンションの屋上などに次々と入って近隣住民から怒鳴られるわ…。

 

当時は、先生たちも分かってるのに対応してくれないと人のせいにしていましたが、先生に自分で対処する責任を持たないとダメだと叱られてからは、勇気をだしてヤンキーには関わらないようにしました。

 

あとは、あきらかに空気の読めない、人を不快にさせる感じの子達も苦手でした。当時は発達障害と診断される前後でもあり、こっちも学校生活になじむのに必死で、いわゆる変な子に対応していると精神状態が悪化していきました。

 

あとは、理不尽に死ねって言われることもあったし、とりまきにさせられたこともありました。

いきなり今駅にいるから私の家に家出させて、と言われたり、包丁の写真をメールで送りつけて誰か殺したい、と言われたこともあります。

 

 

問題を抱えている物同士がコミュニケーションを取るってすごいハードル高いな〜と思います。 

 

でも上のケースは普通の人にもハードル高いと思いますけど。

 

 

 

通信制に来る子は、苦しんでいる

昔は、通信制高校に通う子は全日制高校に行けなかった問題児だ、という捉え方をしていました。自分も含めて。だからこそ、高卒資格をとって次の段階にステップアップするための場所でしかないと考えていました。

 

実際大学に入って、普通の人たちに囲まれててなんて生きやすいんだろうと思いました。

 

 

 

 

私は今まさにそういう子どもたちの支援者という立場ですが、通信制の子たちは少なからず問題を持っているからこそ、支援しなければと思っていました。

 

しかし、問題を抱えてるのではなく問題にぶち当たって、「困っている」子達なのかもしれないと考えを改めているところです。

 

 

発達障害さんの場合は、問題ではなく原因を抱えていると思っています。

私は会社にいけなくなった時、発達障害があったので、医者からは職場に原因があったのではなく、あなたに原因があったのです、と言われました。

発達障害潜在的に抱えている困り感=本人の抱えている問題=いけなくなった原因は本人が最初から抱えていた障害によるものであるとなるのです。

 

ここで、問題と言わずに原因と言っているところがポイントですね。

すべての人も、問題があるのではなく、何かできないことには原因があるはずです。

 

 

もちろん、環境も大きく関わってくると思います。でも今の日本の画一一斉指導では、それを整えるのは難しい面もあるのでは、と思っています。

 

だからこそ、そこに上手く馴染めなかった人をフォローする仕事ができればとおもいます。

 

高校時代苦しんだからこそ、同じ悩みを持つ高校生の話に、共感できるので、今は当時の感情に感謝しています。

 

まとめ

誤解されたら嫌なのですが、通信制が地獄だったのは当時の話です。

私もその後いろいろなことを経験したり、教育で発達障害を学びました。

なので、今は同じようなことを生徒さんがしてても、苦手に思うこともありません。やれやれ〜(笑)て笑うか、困ってるみたいだからサポートできないかな?と心配はします。

 

苦しんでいる人の恩人になりたいわけではなく、支えられたら、とおもいます。